はじめに
自分の意思で決めたと思っていたことが、実は最初から用意されていた「初期設定」に誘導されていたとしたらどう感じるでしょうか。私たちは日々、膨大な選択肢に囲まれて生きていますが、そのすべてを熟考して選んでいるわけではありません。
今回は、人の行動を強力に規定する「デフォルト効果」について、オプトインとオプトアウトの仕組みから考えてみたいと思います。

デフォルトが行動を規定する仕組み
人間には、現状を維持しようとする強い心理的傾向があります。これを「現状維持バイアス」と呼びます。
何かを変更するには、内容を理解し、判断を下し、手続きを行うというコストがかかります。そのため、特にこだわりがない場合や判断が難しい場合、人は最初から設定されている選択肢(デフォルト)をそのまま受け入れる傾向があります。
この仕組みを利用したのが、参加を希望する場合にのみ意思表示をする「オプトイン」と、最初から参加に設定されており拒否する場合にのみ意思表示をする「オプトアウト」です。
ヨーロッパの臓器提供率に見る劇的な差
この傾向が最も顕著に現れた例として有名なのが、ヨーロッパ諸国における臓器提供の同意率の比較です [1]。
オーストリアやフランスなどのオプトアウト方式(拒否しない限り同意とみなす)を採用している国では、同意率がほぼ100パーセントに近い数字を記録しています。一方で、ドイツやイギリスなどのオプトイン方式(本人の明確な意思表示が必要)を採用している国では、同意率は10パーセントから30パーセント程度にとどまっています。
国民の倫理性や宗教観に大きな違いがあるわけではなく、ただ「最初の一歩をどちら側に置いたか」というデザインの差が、文字通り生死を分ける結果をもたらしているのです。
日常に潜むデフォルトの力
この仕組みは、公的な制度だけでなく私たちの身近なサービスにも溢れています。
例えば、スマートフォンの初期設定や、Webサービスの有料プランへの自動更新などが挙げられます。初めから「通知を受け取る」にチェックが入っているメルマガは、わざわざチェックを外す手間を惜しむ心理によって、高い登録率を維持します。
また、退職金の積み立て制度においても、自動加入(オプトアウト)か任意加入(オプトイン)かによって、その後の個人の資産形成に大きな格差が生まれることが研究で示されています [2]。
仕事への接続:環境をデザインする
この知見を仕事に活かすなら、個人の意思力に頼るのではなく、望ましい行動が「デフォルト」になるように環境を設計するという視点が重要になります。
例えば、会議のデフォルト時間を60分ではなく30分に設定する、あるいは資料の共有場所を最初から特定のクラウドフォルダに限定するといった小さな工夫です。
「頑張って意識を変える」よりも「自然にそうなってしまう」仕組みを作る方が、組織全体のパフォーマンスは圧倒的に安定します。私たちの自由な選択は、実は環境という名の設計図の上に成り立っているのかもしれません。
おわりに
あなたが今日行った選択のうち、自分の純粋な意思だけで決めたものはどれくらいあるでしょうか。
身の回りにある「初期設定」を見直してみることで、自分でも気づかなかった行動のクセが見えてくるかもしれません。
引用文献
[1] Do Defaults Save Lives? – Science
[2] The Power of Suggestion: Inertia in 401(k) Participation and Savings Behavior
