はじめに

「お客様は神様です」。昭和の時代には当たり前のように口にされていたこの言葉が、今では重たく感じられる場面も増えてきた。現場で働く人の人権や尊厳が守られないまま、“サービス”が一方的に求められること。それが「カスタマーハラスメント(通称カスハラ)」という言葉で語られるようになった今、企業側にも姿勢を明示する責任が求められている。
最近では、JR東日本をはじめとする各業界の企業が、具体的な対応方針を公表する動きが加速している。なぜ今なのか。そしてその背景には何があるのか。少し立ち止まって考えてみたい。
1.JR東日本の明文化された「一線」
JR東日本は2024年4月、「カスタマーハラスメントに対する方針」を正式に公開した[1]。暴行や脅迫、土下座の強要、SNSでの従業員晒し、不当な補償要求などを具体的に例示し、「就業環境を害する行為」としてカスハラを定義。「毅然とした対応」を取ることを明言している[2]。
また、社内での教育・相談体制・外部連携を整備し、被害を受けた社員のケア体制まで視野に入れている[3]。単なる注意喚起ではなく、組織として「線を引いた」ことが伝わってくる。
2.各企業も具体的なカスハラへの対応方針策定が広がっている
JR東日本のように、具体的で明確な対応方針を公開する企業は確実に増えている。たとえば以下のような例がある。
日本交通株式会社では、長時間の居座りや脅迫的な言動、不当な慰謝料・返金請求、土下座の強要などを「社会通念上不相当」とし、カスハラ行為と明示している[4]。
アットホーム株式会社も、厚生労働省のマニュアルを基に、暴言、謝罪要求、差別的言動、居座りなどを列挙し、毅然とした対応と必要に応じた法的措置を明言[5]。
日本社宅サービスでは、従業員の安心安全な職場環境を守るため、カスハラに該当する行為には「サービス提供の中止」や「専門機関との連携による法的対応」を含めた対応を掲げている[6]。
企業によって定義や対応は多少異なるが、共通しているのは「一線を引くこと」への覚悟だ。もはや“空気を読む”だけでは現場を守れない。そんな社会になりつつある。
3.条例による後押し:東京都の「明文化された意志」
2024年10月、東京都は全国で初めて「カスタマー・ハラスメント防止条例」を制定し、2025年4月に施行した[7]。この条例は罰則を伴わないものの、「何人もカスタマーハラスメントをしてはならない」と明確に禁止し、都・顧客・事業者・就業者それぞれの責務と、基本理念を定めている。
さらに、都はこの条例を実効的に運用するため、「防止指針(ガイドライン)」も策定。事業者には体制整備の努力義務が課され、今後、企業が具体的な方針を打ち出すことが“当然の姿勢”として求められていくだろう。
法的強制力はなくとも、「社会全体で暴言を許さない」という空気をつくる第一歩となったことは間違いない。
まとめ:対話と線引きのバランスを
サービス業に携わる人たちは、誰よりも“人と接する力”に長けている。だからこそ、理不尽な言葉や態度に対しても、我慢してしまう場面がある。だが、本来それは“プロ意識”であって、“無制限の耐性”ではない。
カスハラ対策の方針を明示することは、お客様を遠ざけるためではなく、誠実な関係性を築くための「対話のきっかけ」になる。企業の姿勢が可視化されることで、働く人も、利用する人も安心して関わり合える社会が少しずつ近づいているように思う。
引用文献
[1] カスタマーハラスメントに対する方針|JR東日本
https://www.jreast.co.jp/company/customer-harassment/
[2] JR東日本グループ カスタマーハラスメントに対する方針の策定について(プレスリリース)
https://www.jreast.co.jp/press/2024/20240426_ho01.pdf
[3] JR東日本におけるカスタマーハラスメントの現状と対策について(厚生労働省シンポジウム資料)
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/sympo2024/sympo2024_panel_2.pdf
[4] カスタマーハラスメントに関する基本方針|日本交通株式会社
https://www.nihon-kotsu.co.jp/clause/customer-harassment-policy/
[5] カスタマーハラスメントに対する当社の方針|アットホーム株式会社
https://athome-inc.jp/customer-harassment/
[6] カスタマーハラスメントに対する基本方針|日本社宅サービス
https://www.syataku.co.jp/customerharassmentpolicy
[7] 東京都カスタマーハラスメント防止条例|東京都 雇用就業(条例の概要と内容)
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/basic/koyou/kasuharajourei

