音楽は「待たせない」ものになった

音楽を聴いていて「最近の曲って始まった瞬間にサビが来るな」と感じることがある。それは気のせいではないらしい。実際、ポップソングの構造はこの数十年で大きく変化している。
たとえば、1980年代のヒット曲はイントロが平均20秒ほどあった。ラジオで流れる曲の最初の数十秒は、じわじわと雰囲気を作り、聴き手の感情を引き込む時間だった。しかし、今ではイントロの長さは5秒ほどにまで短くなっているという[1]。
イントロだけでなく、AメロやBメロもどこか軽視され、いきなりサビに到達するような構成が珍しくなくなった。サブスクやSNSで音楽にアクセスするのが当たり前になったいま、リスナーは「数秒で心をつかめなければスキップ」する。そんな環境に適応するように、音楽も変化している。
タイパとヒット曲の相性
この傾向の背景には、「タイパ(タイムパフォーマンス)」という価値観の台頭がある。時間対効果の高さを重視するこの考え方は、若い世代を中心に日常生活に深く浸透している。
音楽も例外ではない。フルで聴かずとも、サビだけ切り取って楽しめればいい。TikTokなどのショート動画が、そうしたスタイルを自然なものにした。いまや1曲3〜4分というフォーマットすらも長く感じられることがある。
研究者たちの分析でも、この変化は明らかになっている。アメリカの学術誌に掲載された論文では、1985年から2015年までのヒット曲のデータを分析した結果、楽曲構造の単純化と「サビへの早さ」が重要な要素になっていることが示されている[2]。
音楽業界も、こうしたリスニング習慣に合わせて制作手法を変えてきた。イントロを削る。最初の数秒でフックを入れる。再生時間が短くても印象に残る構成を試行錯誤する。すべては“スキップされない”ためだ。
変化を楽しむ余白もまた、音楽
ただ、これは嘆くべきことだろうか。
かつてのように、じっくりとビルドアップしていく曲にも良さはある。でもそれは失われたわけではなく、同時に存在し続けている。タイパを重視する音楽と、情緒をじっくり育てる音楽は、どちらかを選ぶものではなく、どちらも楽しめるものだ。
効率よく感情を動かしたいときもあれば、気持ちをゆっくり整えるように聴きたいときもある。そのときどきに合った曲を選び取れる今の環境は、むしろ音楽との関係をより自由にしてくれているのかもしれない。
音楽の形が変わっても、私たちの中にある「音楽を感じたい」という欲求自体は、変わらずそこにある。
引用文献
[1] Stricklin, Jordan. “Understanding the Business of Popular Songs.” The University of Southern Mississippi Honors Theses. https://aquila.usm.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1086&context=honors_theses
[2] Interiano, M. et al. “Musical trends and predictability of success in contemporary songs.” Royal Society Open Science. https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.171274

