ここ数年、「泊まること」自体が目的となるホテルが注目されている。特に話題になっているのが、鉄道運転士や航空パイロットになりきれる“コンセプトホテル”だ。これらの宿泊施設は、単なる趣味の延長にとどまらず、経営やマーケティングの視点から見ても非常に示唆に富んでいる。今回は、そのビジネス的背景を紐解いてみたい。

1. ホテル業界における「推し活」経済の台頭
かつてホテルの価値は「立地」や「価格」、「快適性」によって測られていたが、今は「体験価値」へと大きく軸足が移っている。背景には、“ホカンス”(ホテルでバカンス)文化の浸透と、消費者が「趣味」や「推し」に積極的にお金を使う傾向がある。
たとえば、浅草東武ホテルの「鉄道運転シミュレータールーム」では、実際に東武鉄道の運転訓練で使われていた本物のシミュレーターを再利用。宿泊者はリアルな運転体験ができ、鉄道ファンの間で話題となった。
これはまさに、「推し」を応援するために旅行を計画し、そのための出費も厭わない人たち=“推し活”層をターゲットにした商品企画だ。大きな市場規模ではないが、熱量の高い顧客が確実に存在する。
2. 経験の差別化によるブルーオーシャン戦略
供給過多気味の宿泊市場において、価格競争に巻き込まれない手段として「コンセプト特化型」は有効だ。
羽田エクセルホテル東急の「コックピットルーム」は、ボーイング737の操縦席を模した特別室で、元機長の指導のもと操縦体験ができる。一般的なビジネスホテルと比べて価格は高めだが、“飛行機に乗る”のではなく“操縦する”という、他にはない体験価値を提供することで強い差別化が図られている。
これは単なる宿泊施設ではなく「テーマパーク的体験を提供するホテル」だ。滞在時間そのものがエンタメとなり、宿泊が“目的”となる。
3. SDGs時代の“ストーリー性ある再利用”
これらのコンセプトホテルが優れているのは、「使い古された設備のリユース」に意味づけを加えている点にもある。
たとえば、京成ホテルミラマーレでは、京成3400形電車の実物パーツを使用した「トレインルーム」を展開している。鉄道部品は本来なら産業廃棄物として処理されるが、「実際に走っていた電車の一部に泊まれる」という文脈を加えることで、単なる古物が“ストーリーある資産”へと変わる。
このような「サステナビリティ×体験価値」の掛け合わせは、SDGsに積極的な姿勢を見せたい企業にとっても重要なポイントとなる。
4. SNS時代の“語りたくなる宿泊体験”
加えて、これらの体験型ホテルはSNSでのシェアを前提に設計されている点も見逃せない。
たとえば、シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルのフライトシミュレーター付きプランでは、制服レンタルや記念撮影も提供され、InstagramやYouTubeなどの“映え”にも対応。これにより自然なクチコミが生まれ、広告費をかけずとも認知が拡大する。
体験をSNSで「発信したくなる」ことは、現代のプロモーション戦略において無視できない。
まとめ:体験経済の中で選ばれる宿とは
体験を軸に再定義されたこれらのホテルは、単なる宿泊の枠を超え、ブランドそのものが「語られる価値」を持つようになっている。
- 推し活経済を見据えた熱狂的ファンの取り込み
- ニッチ市場への集中戦略と価格競争の回避
- ストーリー性のあるSDGs施策
- SNSシェアによる自然流入
こうした要素が掛け合わさった結果、「体験を売るホテル」は強力なブランド資産となり得る。コンセプトホテルは、今後の体験経済時代において、ひとつのマーケティング成功モデルとして注目されていくだろう。