はじめに:豆腐って、なぜ大手企業が目立たないのだろう?
スーパーで買い物をしていると、ふと気になることがあります。
「豆腐って、なぜ大手企業があまり参入していないのだろう?」

飲料ならサントリーやコカ・コーラ、調味料なら味の素やキッコーマンなど、日常的な食品には全国的に知られた大手企業が存在します。
一方、豆腐は毎日の食卓に欠かせない食品でありながら、メーカーの名前を意識して購入する機会はそれほど多くないように感じます。
しかし、調べてみると、豆腐業界にも大手企業は存在します。
むしろ興味深いのは、大手企業が存在しているのに、なぜ消費者からは見えにくいのかという点です。
今回は、豆腐市場の産業構造から、企業の競争戦略について考えてみたいと思います。
実は豆腐業界にも大手企業は存在する
農林水産省の資料によると、国内の豆腐製造事業所数は1998年の16,345施設から長期的に減少し、2021年には5,000施設を下回っています。[1]
背景には、価格の低迷などによる経営環境の厳しさがあります。
一方、豆腐業界には相模屋食料やタカノフーズといった大手メーカーが存在します。
特に相模屋食料は、2025年2月期のグループ売上高が446億円に達しています。[2]
つまり、豆腐市場は小規模な地域メーカーだけで構成されているわけではありません。
では、なぜ全国的に知られた巨大食品メーカーが市場を席巻する構造になっていないのでしょうか。
豆腐市場では、規模の経済が働きにくい?
一般的に、企業は大量生産によって製品1個当たりの製造コストを下げることができます。
これを経営学では「規模の経済」と呼びます。
しかし、豆腐の場合は製造コストだけでは説明できません。
重要なのが物流です。
一般的な冷蔵豆腐は、製造後も温度管理が必要であり、販売できる期間にも限りがあります。
例えば、群馬県の巨大工場で豆腐を大量生産し、九州のスーパーまで配送するとします。
工場内の製造コストは下がるかもしれません。しかし、配送距離が長くなれば物流費が増え、販売までに必要な時間も長くなります。
さらに、豆腐は比較的低単価の商品です。
仮に1個100円の商品であれば、物流費が数円増えるだけでも、利益への影響は無視できません。
つまり、工場で大量生産することと、全国に利益を出しながら商品を届けることは別問題なのです。
物流コストが新規参入の壁になる
ここで、もう一つ興味深い視点があります。
物流コストは、企業の新規参入を難しくする「参入障壁」にもなり得るということです。
例えば、大手食品メーカーが新たに豆腐市場へ参入するとします。
工場を建設し、大量生産によって製造コストを下げることはできるかもしれません。
しかし、全国のスーパーへ安定的に商品を届けるには、冷蔵配送網や地域ごとの物流拠点、小売企業との取引関係なども必要になります。
これらを一から整備するには、相応の投資が必要です。
一方、既存の地域メーカーは、地元のスーパーとの取引関係や配送網をすでに持っています。
新規参入企業が製造技術や資金力を持っていても、必ずしも既存企業より低コストで商品を届けられるとは限りません。
ここに豆腐市場の面白さがあります。
大手企業の資金力が有利に働く一方で、地域メーカーが長年築いてきた物流網や取引関係も競争力になるのです。
もちろん、既存の冷蔵物流網を持つ企業であれば、参入障壁を下げられる可能性があります。物流はすべての企業に等しく不利に働くわけではありません。
実はトップバリュやCGCにも豆腐がある
ここで、スーパーの豆腐売場に目を向けてみましょう。
イオンのトップバリュでは、「きぬとうふ」が販売されています。
2026年9月24日に公式商品ページを確認したところ、内容量300g、イオングループ標準小売価格は本体58円でした。
そして興味深いのが、製造メーカーです。
同ページには、販売者としてイオン株式会社、製造・加工を担う企業としてマック食品株式会社が記載されています。[3]
つまり、消費者がトップバリュの商品として認識していても、実際の製造は別の食品メーカーが担っているのです。
CGCグループにも豆腐のPB商品があります。
例えば、九州CGCでは「九州造り国産小分けとうふ」80g×4個などを展開しています。[4]
なお、今回確認した公式情報では、同商品の販売価格や製造メーカーまでは特定できませんでした。
PB商品は、消費者から見れば小売企業のブランドです。
しかし、その裏側には製造を担うメーカーが存在します。
豆腐市場では、メーカーの名前が表に出ていなくても、企業間の取引を通じて事業が成立しているのです。
相模屋食料は物流の壁をどう乗り越えたのか?
こうした豆腐市場の構造を考えるうえで、相模屋食料の経営戦略は興味深い事例です。
同社は自社工場を拡大するだけでなく、地域の豆腐メーカーをグループに迎えることで成長してきました。
公式の沿革によると、2017年には石川サニーフーズ、2019年には京都タンパク、2024年には三和豆水庵を子会社化しています。[5]
同じ業界の企業を買収・統合する戦略を、経営学では「水平統合」と呼びます。
豆腐市場で水平統合を進めることには、単なる製造能力の拡大以上の意味があると考えられます。
地域メーカーが持つ製造拠点や販売網を活用すれば、全国に一つの巨大工場を構える場合とは異なる形で事業を拡大できます。
また、原材料調達や設備投資などでは、グループ全体の規模を生かせる可能性があります。
実際、相模屋食料は2026年2月、JA全農と国産大豆の新たな物流スキームを構築すると発表しました。
国産大豆を消費地に近い倉庫で保管し、製造拠点への輸送を効率化する取り組みです。[6]
豆腐市場では、製造だけでなく、原材料調達から配送までを含めて競争力を高めることが重要なのかもしれません。
価格競争から抜け出す商品開発
相模屋食料のもう一つの特徴が、商品開発です。
同社は「ザクとうふ」や「BEYOND TOFU」など、従来の豆腐とは異なる商品を展開しています。
これは、経営学でいう「商品差別化」の取り組みです。
一般的な豆腐は、木綿や絹ごしといった種類や価格で比較されやすい商品です。
しかし、新しい食べ方や楽しさを提案すれば、消費者が商品を選ぶ理由も変わります。
単に安いから購入するのではなく、食べてみたいから購入するという選択肢が生まれるのです。
相模屋食料は、水平統合による効率化と商品差別化を組み合わせていると考えられます。
森永乳業は競争条件そのものを変えた
もう一つ興味深いのが、森永乳業の豆腐事業です。
同社は、常温保存が可能な「森永 絹とうふ」を展開しています。
2019年に発売した常温保存可能な商品の賞味期限は、製造から195日でした。[7]
一般的な冷蔵豆腐とは異なり、未開封であれば常温で保存できることが特徴です。
ここで重要なのは、単に賞味期限が長くなったことではありません。
常温保存が可能になれば、冷蔵物流や在庫管理に関する従来の制約を緩和できます。
つまり、森永乳業は製造技術によって、豆腐市場の競争条件そのものを変えたと考えられます。
相模屋食料が製造拠点や物流網を組み合わせて競争力を高めているとすれば、森永乳業は技術革新によって新しい市場機会を生み出しているのです。
納豆との違いはどこにあるのか?
最後に、同じ大豆加工食品である納豆と比較してみましょう。
納豆には、タカノフーズの「おかめ納豆」やミツカンの「金のつぶ」など、メーカー名と結び付いたブランドがあります。
ただし、豆腐より納豆の方がブランド認知度や市場集中度が高いと、定量的に断定することはできません。
注目したいのは、商品の差別化方法です。
例えば、ミツカンの金のつぶでは、たまご醤油たれや梅風味黒酢たれなど、味の違いを商品として展開しています。
また、「パキッ!とたれ」のように、容器の使いやすさでも差別化しています。[8]
納豆も冷蔵物流の制約を受ける食品ですが、たれや容器によって消費者に違いを伝えられる点は興味深いところです。
豆腐でも、BEYOND TOFUのように食べ方や用途を変えることで、新しいブランド価値を生み出せる可能性があります。
まとめ:身近な商品の裏側にある経営戦略
今回、豆腐市場について調べてみると、最初に抱いた疑問とは少し違う景色が見えてきました。
豆腐市場には大手企業が存在します。しかし、低単価や冷蔵物流などの制約によって、単純な大量生産だけでは競争優位を築きにくい面があります。
その中で、相模屋食料は水平統合と商品差別化を組み合わせ、森永乳業は保存技術によって従来の制約を変えています。
ここから得られる気づきは、企業の競争力は単純な規模の大きさだけでは決まらないということです。
製造コストを下げるのか、物流を効率化するのか、ブランドを育てるのか、それとも技術によって市場のルールを変えるのか。
普段何気なく購入している豆腐にも、こうした経営戦略が隠れていると考えると、スーパーの売場が少し違って見えてきます。
皆さんが普段購入している商品の中にも、まだ気づいていない企業の競争戦略があるのではないでしょうか。
引用文献
[1] 農林水産省「豆腐事業者を取り巻く状況について②」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/kikaku/kakaku_keisei/attach/pdf/imdex-55.pdf
[2] 相模屋食料株式会社「相模屋食料とJA全農との国産大豆流通における共同の取り組みについてのお知らせ」2026年2月18日 https://www.sagamiya-kk.co.jp/corporate/corporate_2026_02/6512
[3] イオン株式会社「トップバリュ きぬとうふ」2026年9月24日確認 https://www.topvalu.net/items/detail/4549414698466/
[4] 九州シジシー株式会社「ブランド・商品紹介」 https://kyushucgc.co.jp/brand/
[5] 相模屋食料株式会社「沿革」 https://sagamiya-kk.co.jp/company/history.html
[6] 相模屋食料株式会社「相模屋食料とJA全農との国産大豆流通における共同の取り組みについてのお知らせ」2026年2月18日 https://www.sagamiya-kk.co.jp/corporate/corporate_2026_02/6512
[7] 森永乳業株式会社「森永 絹ごしとうふ・お料理向き 森永とうふ 全国発売」2018年12月18日 https://www.morinagamilk.co.jp/release/newsentry-3065.html
[8] 株式会社Mizkan「金のつぶ ブランドサイト」 https://www.mizkan.co.jp/natto/kinnotsubu/
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