はじめに

マーケティングを勉強していると、かなりの確率で登場するのがフィリップ・コトラー先生です。
4P、STP、ポジショニングなど、マーケティングの基本を体系的に学ぼうとすると、どこかで必ず名前を見かけます。
そんなコトラー先生たちが、時代とともに変化するマーケティングを整理した考え方に「マーケティング1.0〜6.0」があります。
1.0から6.0まで並ぶと、「また新しいマーケティング手法が増えたのか」と思ってしまいますが、実はそういう話ではありません。
むしろ、社会やテクノロジーが変化する中で、「マーケティングは何を中心に考えるべきなのか」がどう変わってきたのか。その歴史として見ると、かなり理解しやすくなります。
今回は、マーケティング1.0から最新の6.0までを、一気に振り返ってみます。
そもそもマーケティング1.0〜6.0とは何か
最初に全体像をかなりシンプルに整理すると、こんな変化です。
マーケティング1.0は「製品」。
マーケティング2.0は「顧客」。
マーケティング3.0は「人間や価値」。
マーケティング4.0は「デジタル」。
マーケティング5.0は「テクノロジー」。
そしてマーケティング6.0は「没入体験」です。[1]
こうして見ると、前の考え方を否定して新しいものに置き換えているわけではないことがわかります。
製品を考えなくていいわけでも、顧客を考えなくていいわけでもありません。そこに社会的な価値やデジタル、AIなどが積み重なり、マーケティングが扱う範囲そのものが広がっている、と捉えたほうが近そうです。
マーケティング1.0 製品中心の時代
マーケティング1.0の中心にあるのは「製品」です。
産業化が進み、大量生産によって多くの人へ商品を届けられるようになった時代では、「良いものを作り、それをたくさん売る」という発想がマーケティングの中心になります。
企業側から見ると、「何を作るか」「どんな機能を持たせるか」「どう効率よく販売するか」が重要になります。
つまり、顧客一人ひとりの細かな価値観よりも、まず製品そのものの機能的価値が強かったわけです。
身近な例で考えるなら、「この冷蔵庫はたくさん入ります」「このクルマは燃費がいいです」といった訴求です。
製品の性能そのものが、購入する大きな理由になります。
マーケティング2.0 顧客中心の時代
ところが、企業がたくさんの商品を作るようになると、今度は似たような商品が市場に増えていきます。
そこで重要になるのが「顧客」です。
マーケティング2.0では、単純に良い商品を作るだけではなく、「誰に売るのか」「その人は何を求めているのか」を考える必要が出てきます。
ここでSTPのような考え方も重要になってきます。
市場を分け、狙う顧客を決め、その顧客の頭の中で自社の商品をどう位置づけるか。
同じコーヒーでも、「安くて手軽なコーヒー」と「少し高いけれど特別な時間を楽しむコーヒー」では、届ける相手も伝え方も変わります。
製品中心から顧客中心へ。
マーケティングが「作ったものを売る」だけではなく、「顧客が求めるものを考える」方向へ進んだのが2.0です。
マーケティング3.0 人間中心の時代
マーケティング3.0になると、さらに視点が広がります。
顧客を単なる「消費者」として見るのではなく、価値観や感情を持つ一人の人間として捉える考え方です。[2]
「便利だから買う」「安いから買う」だけではありません。
「この会社の考え方が好きだから買う」
「このブランドを応援したいから選ぶ」
そんな選択もあります。
企業側にも、商品を販売して利益を上げることだけではなく、「社会に対してどのような価値を提供する企業なのか」という視点が求められるようになります。
ミッション、ビジョン、社会課題、環境問題などがマーケティングと強く結びついてくるわけです。
ここまで来ると、マーケティングは販売部門だけの話ではなくなってきます。
会社そのものの存在意義や経営とも、かなり近くなってきます。
マーケティング4.0 デジタルとリアルがつながる
そしてスマートフォンやSNSが当たり前になり、マーケティング4.0へ進みます。
4.0で重要なのは、単純に「広告をWeb広告に変えましょう」という話ではありません。
コトラー先生たちは、マーケティング4.0を伝統的なマーケティングからデジタルへの移行として捉えています。[3]
たとえば僕自身も、何かを買うときにいきなり公式サイトへ行って購入することはあまりありません。
SNSで知って、検索して、レビューを見て、YouTubeを見て、店舗で実物を確認して、最終的にはネットで買う。
こんな行動が普通になりました。
企業からすると、テレビ、店舗、Web、SNS、ECなどを別々に考えていては、顧客の行動を捉えにくくなります。
オンラインとオフラインを横断して、顧客体験全体を考える必要が出てきたわけです。
「買ってもらう」で終わらない5A
マーケティング4.0では、顧客の行動を捉える「5A」というモデルも提示されています。
Aware、Appeal、Ask、Act、Advocate。
認知して、惹かれて、調べて、行動し、最終的には他者へ推奨するという流れです。
ここで面白いのは、「購入」がゴールではないところです。
商品を買った人がSNSで紹介したり、レビューを書いたり、友人へおすすめしたりする。
企業が発信する広告だけではなく、顧客自身の発信が次の顧客を動かすようになったからこそ、「推奨」がマーケティングの重要なテーマになったわけです。
マーケティング5.0 テクノロジーを人間のために使う
マーケティング5.0になると、AI、ビッグデータ、機械学習など、さらに高度なテクノロジーが入ってきます。
ただし、ここで重要なのが「テクノロジーを使うこと」そのものが目的ではないことです。
書籍のタイトルも「Technology for Humanity」、つまり人間のためのテクノロジーです。
マーケティング5.0では、3.0の人間中心という考え方と、4.0で進んだデジタル化を組み合わせ、テクノロジーを人間のために活用することが示されています。[4]
たとえばECサイトで、過去の購入履歴や行動データから「この商品が好きなのではないか」と予測する。
需要を予測して適切なタイミングで情報を届ける。
AIによって大量のデータを分析しながら、一人ひとりに合わせた顧客体験を作っていく。
こうしたことが、マーケティング5.0の世界です。
生成AIが急速に普及した現在は、かなりイメージしやすくなった気がします。
AIを使えば5.0になるわけではない
ここは仕事でも勘違いしやすいところだと思っています。
ChatGPTを使ったからマーケティング5.0、AIで広告文を作ったからマーケティング5.0、という話ではありません。
重要なのは「その技術によって顧客体験がどう良くなったのか」です。
問い合わせへの回答が速くなった。
その人に必要な情報を適切なタイミングで届けられるようになった。
担当者が単純作業から解放され、人間にしかできないコミュニケーションへ時間を使えるようになった。
テクノロジーは主役ではなく、人間の能力や体験を拡張するもの。
この視点は、生成AIを仕事で使う現在だからこそ、かなり重要だと思います。
そしてマーケティング6.0へ
そして2023年に出版された「Marketing 6.0」で提示されたテーマが「Immersive」、つまり没入です。[5]
ここでは、リアルとデジタルを別々の世界として考えるのではなく、その境界をさらに溶かしていきます。
ARやVR、空間コンピューティング、メタバース、AIなどのテクノロジーを使いながら、オンラインとオフラインを横断した体験を作っていく考え方です。
たとえば家具を購入するとき、スマートフォンのARを使って自分の部屋に家具を置いてみる。
店舗で商品を見ながらスマートフォンで追加情報を確認し、そのままオンラインで購入する。
リアルなのかデジタルなのかを意識せず、一連の体験としてサービスを利用する。
そんな世界です。
6.0で面白いのは「五感」まで入ってくること
Marketing 6.0では、マルチセンサリー・マーケティングや空間マーケティングなども扱われています。[5]
つまり、「画面の中で何を見せるか」だけではなくなってきます。
空間、音、触覚なども含めて、顧客がどんな体験をするのかを考える。
これはデジタルマーケティングというより、UXやサービスデザイン、店舗設計、イベント設計などにもかなり近い領域です。
Webマーケティングの仕事をしていると、ついアクセス数やCVRなど画面上の数字だけを追ってしまいます。
でも6.0まで来ると、「その数字の向こう側で、人はどんな体験をしているのか」というところまで戻ってくるのが面白いです。
1.0〜6.0は上書きではなく積み重ね
ここまで見てきて、個人的に一番重要だと思うのは、1.0が古くて6.0が正しいという話ではないことです。
どれだけAIが進化しても、そもそもの商品が悪ければ売れません。
これは1.0です。
良い商品でも、顧客のニーズを理解できていなければ選ばれません。
これは2.0です。
機能だけではなく企業の姿勢まで見られるなら3.0が関係しますし、SNSやECを横断するなら4.0です。
そこにAIやデータを活用する5.0があり、さらにリアルとデジタルを融合した体験を設計する6.0があります。
新しい数字が登場するたびに古いマーケティングが消えているのではなく、マーケティングが見るべき範囲が広がっている、と考えると理解しやすいです。
仕事に置き換えると見え方が変わる
この1.0〜6.0を実務で使うなら、自分たちの施策が「どこまで見えているのか」を確認するフレームとして使うと面白いと思います。
商品の機能ばかり説明しているなら1.0で止まっているかもしれません。
顧客ニーズを調査してセグメントごとに提案を変えているなら2.0。
企業のミッションや社会的価値まで含めてブランドを作るなら3.0。
SNS、店舗、Web、ECをつないで顧客体験を考えるなら4.0。
データやAIを使って一人ひとりの体験を最適化するなら5.0。
そして、リアルとデジタルの境界そのものを意識させない体験を作ろうとするなら6.0です。
こうして見ると、「最新のマーケティングを導入しよう」と考えるより、自分たちに今何が足りていないのかを考えるほうが実務では役立ちそうです。
マーケティングの中心はどこへ向かうのか
1.0では製品を見ていました。
そこから顧客、人間、デジタル、テクノロジーへと対象が広がり、6.0では顧客が過ごす「体験そのもの」へ近づいています。
でも不思議なのは、テクノロジーが進化すればするほど、最終的には「人は何を感じるのか」という、とても人間らしい問いへ戻ってきていることです。
AIが当たり前になり、リアルとデジタルの境界もますます曖昧になっていくこれから。
僕たちはマーケティングによって、顧客にどんな「体験」を届けたいのでしょうか。
引用文献
[1] Welcoming the Era of Marketing 6.0 https://catalogimages.wiley.com/images/db/pdf/9781119835219.excerpt.pdf
[2] Marketing 3.0: From Products to Customers to the Human Spirit https://onlinelibrary.wiley.com/doi/book/10.1002/9781118257883
[3] Marketing 5.0: Technology for Humanity https://www.perlego.com/book/2094980/marketing-50-technology-for-humanity-pdf
[4] Welcome to Marketing 5.0: Technology for Humanity https://www.oreilly.com/library/view/marketing-5-0/9781119668510/c01.xhtml
[5] Marketing 6.0: The Future Is Immersive https://www.wiley-vch.de/en?isbn=9781119835219&option=com_eshop&view=product

