選択の自由は、本当に自由か?
日常の買い物や仕事の場面で、「選択肢が多すぎて迷ってしまう」と感じた経験は誰にでもあるだろう。
豊富なメニュー、無限に流れてくる動画、選びきれないサブスク。私たちはいつの間にか「選ぶこと」に疲れているのかもしれない。

こうした感覚に科学的な視点から警鐘を鳴らしたのが、「ジャムの実験」として知られる心理学の研究だ。
この実験は、現代人の時間感覚――いわゆる“タイパ”(タイムパフォーマンス)志向とも深くつながっている。
ジャムの実験:選択肢が購買に与える影響
この実験は、コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授とスタンフォード大学のマーク・レッパー教授によって2000年に発表された研究論文『When Choice Is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?』で紹介されたものである[1]。
実験はカリフォルニア州の高級食品スーパーで行われた。店内に2つの試食コーナーを設置し、一方には24種類のジャム、もう一方には6種類のジャムを並べた。いずれも通行人が自由に試食でき、割引券も配布された。
驚くべきはその結果だった。24種類の売り場では試食に立ち寄る人の数は多かったが、実際に購入した人の割合はわずか3%。
一方で6種類の売り場では、**およそ30%**の人がジャムを購入した。
つまり、**選択肢が多すぎると、かえって人は「選べなくなる」**のだ。
なぜ多すぎる選択肢は逆効果なのか
アイエンガー教授らの分析によれば、選択肢が増えると以下の3つの心理的負担が増すという[1]。
- 決断の困難さ:どれが最適かわからず迷ってしまう
- 選択の後悔:選んだあとに「他の方が良かったかも」と思ってしまう
- 自己効力感の低下:自分の選択に自信が持てなくなってしまう
その結果、最終的には「選ばない」という行動につながる。
これはビジネスの現場だけでなく、私たちが日々向き合っている“情報の海”の中でも起こっていることだ。
タイパの視点から見る「選択」のストレス
この研究結果は、現代人の価値観である「タイパ重視」の傾向と見事に重なる。
時間は限られており、効率よく物事を処理したいという気持ちが強くなるほど、選択肢が多すぎることは“コスパの悪い悩み”に感じられてしまう。
だからこそ最近では、「選ぶ手間を減らす」サービスや、「おまかせ」機能、「おすすめ」フィルターなどが重宝される。
それは利便性の追求であると同時に、選択の重圧から逃れる手段でもあるのだ。
「自由」と「満足」のバランスを考える
「選べる自由」は一見すると理想的だが、それが必ずしも「満足」や「幸福」につながるわけではない。
むしろ、選択肢を絞ることで得られる「決断のしやすさ」や「納得感」の方が、私たちの心にとっては健全なのかもしれない。
選ぶことに疲れたとき、必要なのは「もっと多くの選択肢」ではなく、「信頼して選べる選択肢」なのだろう。
情報やモノが溢れる時代にこそ、あえて“減らす”勇気が必要なのかもしれない。
引用文献
[1] When Choice Is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing? − Journal of Personality and Social Psychology
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11138768/

