
飛行機に乗っているときに耳にする「機内にお医者さまはいらっしゃいませんか?」というアナウンス。滅多にない場面ですが、いざ遭遇すると事態は深刻であり、対応のスピードが命に関わります。JALが2016年から導入している「JAL DOCTOR登録制度」は、そんな緊急時の不確実性を減らすための仕組みです。制度の内容や背景を見ていくと、単なる安全対策にとどまらず、サービス設計やビジネスモデルの観点からも学びが多い制度だと感じます。
制度の概要
JAL DOCTOR登録制度は、JALマイレージバンク会員であり、日本医師会が発行する「医師資格証」を持つ医師が事前登録できる仕組みです。登録しておくことで、万が一機内で急病人が出たときに客室乗務員が即座に連絡を取れるようになります。従来のように「名乗り出てもらう」形式ではなく、事前に誰が医師かを把握できる点が大きな違いです[1]。
登録医師は協力要請があっても体調や事情により辞退できるため、強制ではありません。また、もし医療行為を行った場合でも、故意や重過失を除けばJAL側が付保する保険が適用されるため、医師が過剰なリスクを背負わずに済むよう制度設計されています[1]。
JALが得るメリット
この制度を導入することで、JALは単に機内での対応スピードを上げるだけではなく、「安心の見える化」に成功しています。
「万一のときにもJALには即応できる仕組みがある」ということは、航空会社を選ぶ際の安心材料になり、顧客の信頼醸成に直結します。
また、医師にとっても登録インセンティブが用意されています。例えば国内線サクララウンジを一定回数利用できるといった特典があり[2]、それが登録を後押しする仕掛けになっています。比較的低コストながら高い心理的価値を持つインセンティブ設計は、ビジネス的にも示唆に富んでいます。
制度設計のビジネス的示唆
この仕組みは単なる医療支援ではなく、「リスク対応を制度化し、安心をブランド価値に転換する」好例といえます。ビジネスの観点からは以下の点が特に参考になります。
信頼の制度化
緊急時の対応を「偶然の善意」ではなく「制度として準備されている」形に変えることで、顧客にとっての安心感が格段に高まります。これはサービス業全般に応用可能な発想です。
インセンティブ設計
医師側のリスクや心理的負担を和らげつつ、ラウンジ利用など象徴的な特典で登録を促す構造は、コストと価値のバランスを取る巧妙な仕掛けといえます。
リスクの明確化と保険
対応時の損害賠償リスクをJALが保険でカバーする仕組みは、登録者にとって安心材料であると同時に、制度を持続可能にする前提条件です。「リスクをどう共有するか」を先回りして制度化する姿勢は、多くの企業が学べる点です。
おわりに
飛行機に乗る際、JALのDOCTOR登録制度があるからといって目に見える違いがあるわけではありません。しかし「もしものときに安心できる仕組みがある」という事実は、利用者の無意識の信頼感につながっています。
このように「リスクを制度で減らし、安心をブランド価値として提供する」発想は、医療や航空に限らず幅広いサービス設計に応用できそうです。JALの取り組みは、まさに安全と信頼を形にした制度設計の好事例だといえるでしょう。
引用文献
[1] JAL DOCTOR登録制度 − 日本航空 https://www.jal.co.jp/jp/ja/jmb/doctor/
[2] JALドクター登録制度とは?【医師向け特典あり】− ドクターズトラベル https://drt.new-life-new-growth.com/jaldoctor/

